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菊池病
フランスのパリに世界最大規模のビティエ=サルペトリエール病院という総合病院がります。もともとは火薬工場でしたが、パリの貧民らのためのゴミ箱に変えられました。最初は売春婦を収容する刑務所に使われたり、精神障害者、犯罪を犯した責任能力喪失者、てんかん患者、貧民などを拘束する場所でしたが、1656年、ルイ14世が施設を撤去して病院を作らせました。フランス革命前には1万人を収容する病院になり、その成り立ちから精神疾患、脳神経変性疾患に強い病院になりました。ヨーロッパ中から医学生があつまり、「夢の分析」で有名な若き日のジークムント・フロイトもここで研修しています。ジャン=マルタン・シャルコーは、36歳で医長となり、その後、ここでの膨大なデータをもとに精神分析学、催眠療法、解離性障害、パーキンソン病などの研究発表を行っています。シャルコー・マリー・トウ―ス病は下腿と足の感覚障害を特徴とし、進行すると上肢や手にも障害を生じる神経原生萎縮で、遺伝性運動性感覚性ニューロパチーの代表疾患です。1867年、シャルコーとその弟子マリー、トウ―スによって報告されました。それから約150年後の1815年、日本で初めて、杉田玄白が「蘭学事始」を草創します。その後、日本は350年に渡る鎖国に入り、西洋医学は途絶えました。そのため、日本人の名前の付いた病気はほとんどありません。橋本病、原田氏病、川崎病、菊池病ぐらいです。菊池病は病理医、菊池 昌弘が1972年に報告した病気で同じ時期に藤本 吉秀らのグループも同様の病気を報告し、国際的にはKikuchi‐Fujimoto disease と呼ばれています。病理学的には亜急性壊死性リンパ節炎とよばれ、比較的まれな良性の病気です。10〜30代に多く、女性にやや多い。首のリンパ節の腫れ・痛みが典型的で、ほとんどが片側です。悪性リンパ節のようにガチガチに固くなく、やわらかいのが特徴です。熱は数日〜数週間続くこともあります。まれに、のどの痛み、頭痛、発疹がみられます。ウイルス感染後の免疫反応が関与すると考えられていますが、はっきりとした原因は不明です。白血球は減少し、好中球はほとんど見られません。CRPは軽度上昇します。エコー・CTでみても診断は尽きません。リンパ節生検で初めて確定診断ができます。免疫の過剰な反応なので、抗体産生まで数週間から数か月かかります。基本は対症療法で、解熱鎮痛剤(NSAIDs)を使います。症状が強い場合はステロイドを使いますが、あまり使いすぎるとぶり返します。抗菌薬を長期間続けても治りません。「すぐに治らない=重い病気」と思い込みすぎないことです。再発はまれで3〜10%、再発までの期間は数か月〜数年後、初回と同様の症状ですが、ほとんどの場合、初回ほどの重い症状は出ません。何度も繰り返すケースは非常にまれです。予後は非常に良好で、多くは1〜3か月以内に自然に治ります。後遺症は基本的に残りません。また寿命にも影響しません。今年ノーベル医学生理学賞を受賞した阪口 志門先生は制御性T細胞(Treg細胞)を発見しました。アレルギーは体力、抵抗力がなくなって発症する、と考える人が大半ですが、実は真逆で免疫の暴走で発症します。30年研究を続けて、ペンシルベニア州に30万人近くいるアーミッシュ(ドイツからのカトリック系移民)にアレルギーがないことを発見しました。Treg細胞が日本人の3〜4倍も多いのです。まさか自分の免疫を抑える細胞があるとは、30年前には私も含めて、誰も考えていませんでした。ただただ頭が下がるばかりです。自己免疫疾患やがんが増えています。臨床応用は大いに期待できます。ただ、実際に臨床の場で使えるようになるためには、膨大な予算と時間が必要です。現在唯一Treg細胞を増やす方法は免疫療法しかありません。菊池病も同じです。
2026.1.8. 氷川台内科クリニック 院長 櫻田 二友
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