新型コロナウイルス その97 ゲノム編集
ゲノムというのは各々の生物の持つ遺伝子情報全部をひっくるめて指す言葉です。ヒトが持っていて子供に伝えていくもので、DNAという化学物質からできています。ヒトゲノムDNAは約32億塩基対から構成されています。その遺伝情報が全部、細胞の一つ一つに詰め込まれています。長いDNAのところどころに遺伝子があり、それをもとにしてタンパク質などが作られ、体の一部になったり代謝を促す酵素になったりして生命活動を担います。ゲノム編集の基本は、外から新たに遺伝子を付け加えるのではなくて、働きがわかっている遺伝子を狙って切断などして、変えることです。遺伝子はDNAの特定の位置を切ると、たいていの場合には生物の本来の機能によって修復されますが、ごくまれに修復ミスが起こります。その結果、その特定の位置にある狙った遺伝子が変化して働かないようになったりするなど、機能が変わります。この修復ミスを利用してDNAの特定の位置を切るのに使われているのが、CRISPR‐Cas9です。これは2つの要素で構成されていて、CRISPR(クリスパ−)はゲノムの狙った位置にくっつくRNA、Cas9(キャスナイン)はその横を切るハサミの役割をする酵素です。細胞に入れるとゲノムの狙った部位を上手に切ってくれます。DNAが切れる、遺伝子が壊れるというような現象自体は、自然界で頻繁に起きています。自然の放射線を受けたり、紫外線を浴びたり、いろいろな刺激でDNAは自然に切れます。通常生物はそれをすぐ修復して元通りにしますが、ごくまれに一部の塩基が欠けてしまったり、別の塩基に置き換わったり、いくつかの塩基が入ってしまったりということが起きます。これが突然変異といわれるもので、ゲノム編集は、同じ現象をDNAの狙った部位で起こさせる方法です。突然変異があるからこそ、地球上で約38憶年前、最初に生まれた単細胞の生物が進化し多様な生物となって、現在の地球があると言えます。植物や家畜の品種改良はおよそ100年前から行われています。ゲノム編集は、ゲノムの中の狙った位置を切る、というところがこれまでの品種改良と異なります。もう一つ違うのは切る回数です。DNAを1回切ってもすぐに元通りに修復されるのが自然界のシステムで、元通りにならず変異が起きるのは10万回に1回か100万回に1回の確率です。そこで、ゲノム編集では、狙った位置で変異が起きるまで、何回でも切っていきます。しかし、切った後の変異がどんなものになるかは自然にお任せ、自然の突然変異と同じように、一部の塩基が欠けたり置き換わったり、数塩基が挿入されたり、という現象が起きます。それにより、遺伝子の働きが変化したり、壊されたりします。今回のmRNAワクチンは遺伝子組み換えですが、切断後に外から新たなウイルスの遺伝子をヒトゲノムに挿入しています。今年7月、狙った遺伝子を改変するゲノム編集技術をヒトに使うことについて、WHO(世界保健機関)が報告書をまとめました。「ゲノム編集技術(CRISPR-Cas9)を使い、受精卵の段階で異常な遺伝子を改変すれば遺伝病の発症を防ぐ可能性がある。ただし、受精卵の遺伝子を改変する事の安全性は確立されていない。狙っていない遺伝子を改変してしまう可能性もある。狙った遺伝子でも体に予期せぬ悪影響が出る恐れは否定できない」。WHOの専門家会議は今回、九つの提言をまとめ、ヒト細胞へのゲノム編集の研究はすべてWHOのデータベースに登録し内容を公開する必要性を指摘しています。この報告書を作るきっかけとなったのは、2018年、中国の研究者がこの技術を使った「ゲノム編集ベビー」を誕生させたことでした。研究者はエイズウイルス(HIV)に感染しにくくした双子の女児を誕生させたと発表しましたが、安全性や倫理面の懸念があり、世界中から非難を浴びました。さて、ゲノム編集した組み換えmRNAワクチンの安全性に問題はないのでしょうか。
2021.9.9. 氷川台内科クリニック 院長 櫻田 二友
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