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新型コロナウイルス その5 BCGワクチン


 BCGとは「カルメットとゲランのバチルス(Bacille de Carmette et Guerin)」の略称です。まずその由来についてお話します。フランスの北東部にリールという都市があります。日本でいうと位置的には札幌に相当します。1900年初頭、石炭産業、それによる紡績工業で一大産地となった都市です。人口20万人足らずですが、大気汚染がひどく、その当時結核が猛威をふるっていました。毎年6000人が結核に罹患し、1200人が亡くなっていました。結核患者がいる家族に生まれた子供の死亡率は100%でした。1895年、パリ・パスツール研究所の地方初の支部として、リール・パスツール研究所が発足しました。若干32歳の初代所長、アルベール・カルメットは、当時アルフォール獣医学校のカミーユ・ゲランと1882年にロベルト・コッホが発見し報告した結核菌に関する論文をもとに、牛結核菌が無毒化できれば人の結核予防ワクチンとして応用できるのではないかと考えました。まず、結核菌を増殖させる培地探しに取り掛かりました。結核菌が増殖するためには、結核菌体内の脂質構成成分、長鎖脂肪酸ミコール酸が必要です。気の遠くなるほどの実験を繰り返し、その培地に牛の胆汁を加えれば、菌のコロニーを増殖させることができるということがわかりました。その後、培養を繰り返し、病原性の確認のため子牛への感染実験を行いました。病原性は失われないことがわかりましたが、無毒化が問題でした。実験を繰り返すうち、5%牛胆汁グリセリン溶液の中で刻んだジャガイモ片を70℃で煮て、その液体上清を下層に沈降させ、これをオートクレーブで120℃に加熱滅菌した培地を作りました。この培地では菌の病原性が継代培養するにしたがって、数か月かけて失われていきました。まず、子牛の実験感染で証明され、モルモットへの実験感染でも証明されました。こうして1908年12月8日、牛結核菌由来の人工的無毒化菌株が完成しました。その後1921年に臨床実験が開始されました。1921年7月ある結核患者の母親が出産直後に亡くなりました。その時生まれた男の子に生後3日、5日、7日にBCGワクチンが投与されました。その後、その男の子は結核患者の母親から生れたにも関わらず、結核の症状を示すことなく生育し、さらに副作用も認められませんでした。その間、実に231代の継代培養を行い、約300頭の牛が犠牲になり、13年が費やされました。その後年々世界から寄せられた副作用情報などを次々とクリアにし、UNICEF、WHOの支援計画のもと1951年〜1961年の間に8億人が予防接種を受けました。また41か国で3億4000万人がツベルクリン注射をうけ、そのうち1億8千万人がBCGを接種されています。現在5大陸の4分の3にあたる国々で実施され、アジア・アフリカの中低所得国はほとんど全て含まれています。現在、新型コロナウイルスで世界はパンデミック状態となっています。しかし、これら中低所得国はいまだ結核の高蔓延国で、継続的にBCGワクチン接種が今も行われています。新型コロナウイルスにBCGワクチンが有効であることは疫学的に証明されています。フランスの人口は日本の約半分、人口密度は約3分の1ですが、死者数は約140倍。初めて結核の封じ込めに成功したフランスでBCGワクチン接種を中断し、新型コロナウイルスによる死者が1万人を超えてしまったことにカルメットとゲランの二人は複雑な思いで見ている違いありません。


2020.4.13. 氷川台内科クリニック 院長 櫻田 二友

 

 

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