新型コロナウイルス その12 免疫パスポート
各国で新型コロナウイルスに対する抗体検査を行う国が増えています。ドイツのボン大学の研究グループは5月4日、ドイツ北部のノルトライン・ヴェストファーレン州で行った抗体検査の結果を公表しました。同州の人口1万2500人のガンゲルト村で、2月中旬に行われた祭りが引き金となって大規模なクラスターが発生しました。同村の住民を対象にした抗体検査の結果、919人のうち15%がウイルスに対する抗体を持っていることがわかりました。ウイルスRNAの有無を調べるPCR検査によって把握された同地区の感染者は人口の約3%で、実際には5倍の感染者がいたことになります。国内でも、大阪市立大学で新型コロナウイルス以外の理由で訪れた患者300人を抽出し、抗体検査を実施しました。5月1日に大阪における一般市民の1〜2%(3〜6万人)が感染済みとの推定値が発表されました。他の国々でもこういった検査結果が数多く報告されています。自然流行でもワクチン接種でも、社会が集団免疫の獲得にどれだけ近づいているかを知ることは終息までの見通しをたて、行動制限や経済活動再開の重要な指標となります。しかし、理由はそれだけではありません。免疫を持つ人に「免疫パスポート」を発行し、証明書を持つ人にのみ商店や施設への入場、職場への復帰を許可して、感染拡大の防止と経済活動の再開を両立させようというのです。この「免疫パスポート」に問題があることがわかってきました。通常人の体内ではウイルスの感染初期にIgM抗体、2週間を過ぎてからIgG抗体が作られ、このIgG抗体が長期間にわたって体内に残り、再度ウイルスに感染した時に戦力となります。しかし、ウイルスの侵入を食い止める能力は、その抗体がウイルスのどの部位を標的にしているかで大きく異なります。新型コロナウイルスには抗体の標的になる主なタンパク質が2種類あります。ウイルス粒子の表面の突起にあたるスパイクタンパク質(SP)と、ウイルス粒子の内部でRNAを保護するヌクレオカプシドタンパク質(NP)です。ウイルスの細胞への侵入を防ぐには、表面の突起であるSPとくっつく抗体が必要です。ここが最大のポイントです。SPの表面には、ウイルス侵入時に欠かせないヒト細胞表面のACE2タンパク質(アンジオテンシン変換酵素U)と結合する部位があります。この部位に先に抗体が結合すれば、ウイルスは文字通りヒトの細胞に手を出せなくなります。逆に言えば、NPに対する抗体のように、見当違いの場所にくっつく抗体は役に立ちません。そうした抗体しか検出できない検査法を用いたら、再感染のリスクの高い人に誤って「免疫パスポート」を発行してしまう可能性があります。ある人の持つ抗体が本当にウイルスの侵入を防ぐかどうかは、最終的に新型コロナウイルスを培養細胞に感染させる際に抗体を加えて、効果を見るしかありません。これは非現実的です。今のところこれを区別する確実な抗体検査はありません。ほかにも新型コロナウイルスには通常のウイルスとは違った性質があることがわかってきました。中国の研究チームが5月1日にEmerging Microbes e´ Infections誌で、発症から3週間たった患者のIgG抗体を比較した結果を報告しています。集中治療室にいる重症の患者ではNPにくっつくIgG抗体が多かったのに対し、通常の患者ではSPに対するIgG抗体が多かったと報告しています。患者による症状の違いは、体内でSPを抑えるIgG抗体が作れているかどうかに関係します。いずれにしても、私たちの免疫系統がこの未知のウイルスにどのような対処をしているのかは、今のところ定かではありません
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2020.5.25. 氷川台内科クリニック 院長 櫻田 二友
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