新型コロナウイルス その13 人畜共通感染症
人畜共通感染症の定義は「脊椎動物とヒトとの間で自然に伝搬するすべての疾病と感染」(WHO;1952年)と定義されています。ヒトに感染する病原体(ウイルスや細菌など)は1415種知られており、そのうち868種(61%)が人畜共通感染症の病原体です。新型コロナウイルスのようにヒトや動物の中に新たに出現した感染症を新興感染症と呼びます。そのうち60%が人畜共通感染症で、その72%が野生動物由来といわれています。野生動物の中でもコウモリに由来する人畜共通感染症が圧倒的に多く、日本脳炎、狂犬病、ヘンドラウイルス、二パウイルス、リッサウイルス、マールブルグ熱、エボラ出血熱、重症呼吸器症候群(SARS)、中東呼吸器症候群(MERS)などがあります。コウモリは洞窟などの空間で、密集、密接、密閉いわゆる「3蜜」で生活しています。ウイルスが長く安心して維持される環境にあると考えられます。生物は自分で生命活動に必要なエネルギーを生み、「代謝」を行い、「増殖」することが必要です。したがって、ウイルスは生物ではなく「ただの物質」ということもできます。 しかし、ウイルスは感染した細胞の中に入り、自らの遺伝情報(RNA)を「RNAポリメラーゼ」という酵素を使って複製させるとともに、ウイルス固有のタンパク質を合成させ、子孫を残していきます。まさに「きわめて生物的な物質」です。新興感染症が増えてきた原因は、実は長い時間をかけて築きあげられたウイルスと自然宿主動物との蜜月関係に人間が深く踏み込んでしまったことです。人畜共通感染症の多くは、野生動物との接触から始まります。世界人口の爆発的増加で農地拡大のための都市化や森林伐採などを通して人間の活動領域が広がるとともに、地球温暖化による動物や昆虫の生態域の変化で、ウイルスと共生していた動物との接触機会が増えます。すると、当然今まで人との接触がなかったウイルスと出くわす可能性が高くなります。中国の武漢研究所にシー・ジェンリー(Shi Zhengli;石正麗)と呼ばれるウイルス学者がいます。彼女は研究仲間からキャットウーマンならぬ「バットウーマン(コウモリ女)」と呼ばれています。彼女の研究グループは2002年〜2003年にかけて8412人に感染して812人の命を奪った重症急性呼吸器症候群(SARS)の研究グループに属し、過去16年にわたって中国各地のコウモリ洞窟を調査して、ウイルスを探してきました。2018年にはSARSがコウモリ由来であることも突き止めました。2019年12月30日午後7時、彼女の携帯に研究所の所長から連絡が入りました。武漢疾病対策センターから異様な肺炎で入院した患者2人から新型のコロナウイルスが検出され、新型コロナウイルスであれば、公衆衛生上の重大な脅威となるため、詳しい調査をしてほしいという連絡でした。その時以来徹夜の作業がつづき、翌年1月7日、新型コロナウイルスであることが確定しました。患者のウイルスが雲南省のキクガシラコウモリのコロナウイルスとゲノム配列が96%一致していました。同時に彼女は同研究室の過去十数年分の記録を見返し、実験材料の取り扱いミス、特に廃棄に関するミスがなかったかどうかチェックしました。全ゲノム解析の結果、彼女のチームが過去にコウモリ洞窟で採取したどのウイルスとも全く一致しないことがわかりました。Nature誌に発表された2月3日以降も4500例以上のウイルスのゲノム配列解析が報告され、世界中のウイルス試料が「共通の祖先」に由来することがわかりました。これは、コウモリからヒトにウイルスがただ1回だけジャンプして感染したことを意味します。
2020.5.26. 氷川台内科クリニック 院長 櫻田 二友
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