脱炭素狂騒曲　その１９　釈迦の手のひら

　京都議定書第１７条で定められた「排出量取引」は、先進国間で排出枠を売買する制度です。国や企業ごとに温室効果ガスの削減枠（ギャップ）を設けます。その排出枠を超えて温室効果ガスを排出した国や企業は、排出枠が余った国や企業から、その排出枠を購入することができます。国や企業によって温室効果ガスの排出量や削減余力はまちまちですから、これを取引することで平準化し、全体で温室効果ガスの排出量を削減してくことが狙いです。排出枠（キャップ）を定め、その排出枠を取引（トレード）することから、「キャップアンドトレード」とも呼ばれます。ＣＯ2排出量を取引する方法としては、ベースラインアンドクレジットと呼ばれる方法が主流となっています。「ベースラインアンドクレジット」とは、削減努力をしない場合の温室効果排出量を基準（ベースライン）として、ベースラインから追加で削減した温室効果ガスをクレジット化して売買する方法です。キャップアンドグレードと違い、民間企業が自発的に取引を行うことができます。まず温室効果ガスの削減目標を定めます。例えば、２０２０年に「２０１８年を基準として１０％削減する」といった目標を定めた場合は、２０１８年における排出量の９０％が、全体の排出枠になります。対象企業や施設の温室効果ガス排出実績に応じて、排出枠を設定する「グランドファザリング方式」、生産量あたりのＣＯ2排出量（原単位）「ベンチマーク（基準）」を定めて、ベンチマークに基づいて排出枠を決定する「ベンチマーク方式」、企業や施設がオークション方式で排出枠を購入する「オークション方式」などがあります。それぞれの企業や施設が温室効果ガスの削減努力をした結果、排出枠と実際の排出量に差異が生じます。削減量が足りず、排出枠を超えて温室効果ガスを排出する企業もありますが、削減努力が実り、排出枠に余裕がある企業も出てきます。この時、排出枠を超えてしまった企業は、排出枠に余裕がある企業などから、排出枠を購入します。一定の期間が過ぎたら、それぞれの企業や施設に定められた排出枠と、実際の排出量を確認します。排出枠よりも実際の排出量が少なければ問題ありませんが、排出枠を超えて温室効果ガスを排出してしまった企業や施設には罰則が科せられます。メリットとしては、設定された排出枠以上に温室効果ガスを削減すれば、その削減分を販売することで経済的なメリットを得ることができます。ただし、問題点もあります。排出枠は一般に、先進国にとっては厳しい規制となり、発展途上国にとっては緩い制限となるため、企業が排出制限の緩い国に移転してしまい、温室効果ガスの排出量を結果的に増やしてしまうことにもなります。これを「カーボンリーゲージ問題」といいます。孫悟空の「西遊記」で、玉帝が誰も太刀打ちできない悟空が手にあまり、釈迦に相談します。釈迦は悟空に「悟空。ひとつ賭けをしないか？」｛何だ？」「私の右の手のひらからあなたが飛び出すことができれば、私が、玉帝に天界を譲り渡すよう話をつけましょう。どうですか？」「そんな簡単なことなのか？俺をばかにするな！」悟空は筋斗雲に乗り、世界の端をめざします。しばらくすると、雲の間に５本の柱が立っていました。「ははぁ。これが世界の行き止まりだな。来た証拠に名前でも書いていくか。」悟空は自分の毛を一本抜いて筆にし、「斎天大聖」と記し、ついでに「オシッコ」までひっかけていきました。帰って、悟空は釈迦に報告しました。「私の手のひらを、よくご覧なさい」悟空が目を凝らしてよく見てみると、釈迦の中指には、「斎天大聖」と書いてあり、しかも中指の根元には先ほど悟空がオシッコをした後があり、まだ乾かず湯気が立っていました。釈迦は、もう一度行こうとする悟空を、５本の指を「五行山」という山に変えて下敷きにし、閉じ込めてしまいました。いくら排出量取引をしても、全体のＣＯ2量は変わりません。「釈迦の手のひら」です。

２０２３．１０．４．　氷川台内科クリニック　院長　櫻田　二友